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もう誰も見ていないと思いますが…
2012-01-17 Tue 02:17
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ゲームは誰のものか?
2009-03-02 Mon 00:00
wiselerさんがアップされた「マジコン」についての記事が、はてなブックマークで話題になっていました。

何のためのマジコン販売禁止なのだろうか - wiseler : WAR IS PEACE
はてなブックマーク - 何のためのマジコン販売禁止なのだろうか - wiseler : WAR IS PEACE
はてなブックマークへの返事 - wiseler : WAR IS PEACE
はてなブックマーク - はてなブックマークへの返事 - wiseler : WAR IS PEACE

はてなブックマーク - Walk Out to the World Tower
id:muchonov氏のコメントがwiseler氏の主張の要諦だと考える。オランダの薬物政策(合法化して管理下に置く)が参考になるのではないだろうか?ただ、比較に難がありそう。個人的にはid:CrowClaw氏にブログで言及してほしい。


…と言われたので書いてみます。まあぶっちゃけ私はゲーム業界の事情には全然詳しくないですし、本件についても相変わらず人が言いにくいことを言ってくれるMidas氏の一言で尽きている感はあるのですが、一つの見方として参考になれば幸いです。

私としてはy_arimさんがコメントで言われている「主張の要諦」はもっと別なところにあると考えてます。そのヒントになるのは、メタブクマにおけるrnaさんの

はてなブックマーク - 児童拳銃 - rna のブックマーク - 2009年3月1日
結局プラットフォームは誰のもの(なのか/であるべきか)という話か。メーカーのもの、というのが当面妥当なんじゃないかな。オープンプラットフォーム前提のビジネスモデルじゃハードをあんな値段で売れない。


というコメントです。要するに本件は「ゲームは誰のものか」という問いについての対立する二つの解の戦いなのです。それは言うなれば、ゲーム保守派vsゲーム革新派の対立です。

はてなブックマーク - sinyaposのブックマーク
マジコン擁護も、感情的なマジコン批判一辺倒(のはてな民)も、どっちもひどい/ネット右翼vsはてな左翼みたいな。馬鹿同士の争いには首突っ込まず静観するのは一番だと思いつつ、けじめのブクマ。


sinyaposさんの意見はある意味的確ですが、正確ではないと考えます。何故なら、本件で対立している保守派と革新派は、ゲーム(業界)に対する世界観が真逆なため、仮に双方が業界人であっても、結構マジで敵対していると考えられるからです。
ゲームがメーカーのものだと考えるなら、メーカーに直接的被害を与えるマジコンについて、おおよそ原理主義的な規制論を主張するのも合点がいきます。反対に、ゲームはメーカーではなくアマチュア制作者含む全ての「ゲームが好きな人間」のものだと考えるならば、違法とはいえ一応消費者の利益になっているマジコンを擁護するのも、必ずしも「悪い」意見ではないと言えるでしょう(念のため書いておきますが、wiseler氏は本件でマジコン擁護論を展開しているわけではありません)。

とはいえ、こうした原理主義化したゲーム保守派の意見は、一見現実主義的なように見えて、マジコン流通が盛ん(?)な海外のゲームに本邦のゲームが売り上げで押されていることや、自身が依拠している大手メーカーが「ゲーム本体の売り上げ」以外の部分で利益を得ようとしている最近の傾向を無視していると思います。
そもそも、ただの健康器具や学習装置を「これが最新のゲームなんです!」と言い張って付属品ごと売りつけている任天堂にしろ、アイドルの歌や衣装を高値でダウンロードさせて大儲けしているバンダイナムコにしろ、メーカーに「ゲーム本体の売り上げだけではどうにもならない」という危機意識がなければそんな商売を思いつきもしなかったはずで、「ゲーム本体の売り上げを守らなくては大好きなメーカーが潰れてしまう!」というファンの意識は、的確ではあっても正確性を欠いているのではないかと考えます。いや別に特定のメーカーを揶揄する意図はないのですけど。

まあかといって「ゲームの裾野を広げる」ためにマジコンのようなツールを一般化したのでは、現行のビジネスモデルが急激に崩壊し、メーカーの倒産や業界そのものの景況悪化のリスクをヘッジ出来なくなります。故に、必要なのはマジコンが普及するような時代に対応できる新型のビジネスモデルを構築することであって、そのために具体的な議論を積み重ねていく必要があるのではないかと。
ブコメでも何人か述べられていましたが、「(根本的な解決策ではない)応急的措置」としての規制論にはそれなりに意義があるとは思います。しかしながら、wiseler氏程度の意見でこれほど反撥を招くようでは、安易な規制論はかえって原理主義化を推し進めるだけなのではないでしょうか。

本論とはズレますが、嗜好がオタク的な私から見ると、「ゲーム好き」な人種というのはオタク性を嫌うオープンな人たちだったような気がしていたのですが、海外のソフトに追い立てられる状況の中で、本邦のゲームファンはすっかり「オタク化」してしまったように思います。Midas氏の言葉を借りるなら、既にgeekじゃなくてnerdになってる、という感じでしょうか。「オタク」ならばたとえそこに未来が無くても自分の好きなコンテンツにしがみ付き続けるでしょうし、そのことの外部的評価を気にもしないのでしょう。まあその結果本邦のゲーム業界が深夜アニメ業界みたいになっても自業自得と思いますが、当人たちが幸せならばそれでいいのかもしれません。
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PledgeCrewさんへ
2009-02-05 Thu 00:00
話の流れが分からない方はまず↓をお読みください。

1.はてなブックマーク - wiselerさんってすごいや - クッキーと紅茶と(南京事件研究ノート)
2.はてなブックマーク - はてなブックマーク - wiselerさんってすごいや - クッキーと紅茶と(南京事件研究ノート)
3.はてなブックマーク - はてなブックマーク - はてなブックマーク - wiselerさんってすごいや - クッキーと紅茶と(南京事件研究ノート)
4.はてなブックマーク - はてなブックマーク - はてなブックマーク - はてなブックマーク - wiselerさんってすごいや - クッキーと紅茶と(南京事件研究ノート)

議論の元であるm_debuggerさんのエントリーは以下です。

もしも東京がパレスチナだったら…(1) - media debugger

以下本題。

PledgeCrew お返事, メタ読みは不毛, 恣意性を免れない, 自己満足的, 技自慢になりがち だから禁欲すべき。そもそも「同一視」ではなく身近な例に置き換えてみようというだけ。根拠はある。ソウルより東京の方が身近。置き換えは比喩とは違う。だから立場の共通性は不要。メタ読みにはもっと根拠がいる 2009/02/05


そりゃバカ正直に読んだらそうとしか読めないでしょう。しかし私はそもそもそういう「バカ正直な読み」を批判するために最初のコメントを書いたので、今更そんなことを言われても「そうですね」としか書きようがありません。貴方と論争していたMidas氏の言い方を借りるなら、そういう「バカ正直」こそエクリチュールの病であって、愚直さを誇るキッチュの典型ではないのでしょうか。

「バカ正直」の何が問題かと言えば、「恣意性を免れない」「不毛なメタ読み」を回避せんとするためのそうした行動が、むしろ「読み」の恣意性を隠蔽してしまうことです。
もちろん全ての読みは恣意的なのですが、読者による勝手な読みが、原文にそう書いてないからと言って「禁欲すべき」ものとして規定されてしまうなら、原文に忠実で「バカ正直」な読みは恣意的ではないという事になってしまうのではないでしょうか。それは(それ自体恣意的である)「バカ正直」な読みを、唯一の解答として(絶対主義的に)規定してしまうことに等しいでしょう。

別に私は相対主義を主張したいわけではないですし、また自分の読みが「根拠レスな誤読」ではないとも主張するつもりはありません(それこそ自己の主張を絶対化するに等しい行為でしょう)。ですから、PledgeCrewさんが私のコメントをどう読もうと、本来私の感知するところではありません(倫理的意味で)。
ただ、ひとことだけ言い添えておくなら、戦後には米国の(実質的)植民地から出発し、侵略の歴史を真摯に顧みることもなく、常に欧米列強の味方として振舞ってきたこの国の人間が、しかもその体制を批判する「左翼」を自称している人間が、「身近な例に置き換えてみようというだけ」の意図で自身の国家をパレスチナに準えて平然としているのは、少なくとも私の感覚ではありえない事です。「このようなことをするお前は何者なのか」、と尋ねてみたくなります(これはm_debuggerさんがそうした「意図」を持って件の文章を書いていたという意味ではありません。念のため)。

資料庫・ 金光翔「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号(2007年11月刊)掲載)
馬場の見解の中で興味深いのは、〈佐藤優現象〉の下で、「硬直した左右の二項対立図式」が打破され、「論壇」が「化学反応」を起こすとしている点である。ある意味で、私もこの認識を共有する。だが、「化学反応」の結果への評価は、馬場と全く異なる。私は、これを、「対抗的世論の公共圏」とやらが形成されるプロセスではなく、改憲後の国家体制に適合的な形に(すなわち、改憲後も生き長らえるように)、リベラル・左派が再編成されていくプロセスであると考える。比喩的に言えば、「戦後民主主義」体制下の護憲派が、イスラエルのリベラルのようなものに変質していくプロセスと言い替えてもよい。

 以下の叙述でも指摘するが、佐藤は対朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)武力行使、在日朝鮮人団体への弾圧の必要性を精力的に主張している。安倍政権下の拉致外交キャンペーンや、一連の朝鮮総連弾圧に対して、リベラル・左派から批判や抗議の声はほとんど聞かれなかったのは、「化学反応」の典型的なものである。「戦後民主主義」が、侵略と植民地支配の過去とまともに向き合わず、在日朝鮮人に対してもせいぜい「恩恵」を施す対象としか見てこなかったことの問題性が、極めて露骨に出てきていると言える。〈嫌韓流〉に対して、リベラル・左派からの反撃が非常に弱いことも、こうした流れの中で考えるべきであろう。
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