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家族主義についての一般論と特殊論
2008-08-22 Fri 00:00
論点を整理しつつ書かないとグダグダになりかねない話題なので、非常に回りくどい内容になってますが、ご容赦の程。

一連の議論↓
憂鬱だ
増田さんへ。私は久しぶりに激怒しました。 - iGirl
相手のルールで戦わなければいけない場面で自分のルールを持ち出すな - Attribute=51

二番目のエントリーに対する私のコメント↓

だいたい個人が愛し合って結婚するのにわざわざ親に挨拶するのがおかしい。相手ではなく「家」が大事なアジアの「家族」イデオロギー。虐待された子供が親を庇うことが美談になるのがこの国。


上記のコメントで私に批判されるべき点があるとすれば、結婚時の相手の「家族」に対する応対の仕方というテーマにつき、(二番目のエントリーを書いた)asami81さんは家族論についての一般論的視点と特殊論的視点を微妙に混交させて書いているのに対して、私の視点は一般論的視点にのみ寄りかかったものである、という点でしょうか。
最初のエントリーを書いた「増田」氏はあくまでも個人的な体験として(「特殊論的視点」の)記事を書いており、ざっと見た限り(当該の体験を批判・批評する)社会的な視覚は皆無ですから、例えば若年者の雇用問題などの「一般論的視点」に引き付けた反応をしている人は少数であったように思うのですけれども、asami81氏のそれには(個人的な体験の告白の範疇を超えた)一般論としての「お説教」が含まれていることが、批判を呼んでいる所以なのでしょう(たぶん)。

本当はこういう大雑把な分け方にもかなり問題があると思いますが、今回のテーマにおいて、

普遍的・一般論的視点による意見個人的・特殊論的視点による意見

を腑分けして考えると、最初の増田氏は後者、guri_2氏や私は前者、asami81氏は(自分の体験と織り交ぜて書いているので)その中間ぐらいの視点で文章を書いているように思います。で、先に述べたように分類方法そのものの恣意性を棚に上げて考えた場合、前者と後者は論理的には峻別されて然るべきなのではないでしょうか。

私のコメントはkingworldさんから以下のような批判を受けています。

支援。個人的事情と重ねてアツくなっているが大肯定。こういうエントリーが読みたい。ブコメをみて「はてな」の悪いトコがでてるなーと思った。>id:CrowClaw 若い。家族を甘くみすぎ。結婚で挨拶しないとかどんだけー


別に私は個人の選択としての「親に挨拶に行くこと」を否定しているわけではありません。一般論としてはわざわざそんなことする必要あんのか、と言いますが、その個人が結婚相手の家族と親身になって付き合いたいと考えている場合、また経済的・社会的な援助を受けたいと考えている場合(子育てしながら働く女性に対してまともな社会保障すらしないような国では、「セーフティネット」としての親族の存在が要請されるのは仕方の無いことでしょう)などは、別にイヤじゃなければ頭を下げて「結婚させてくれるようお願い」しに行ってもいいのではないか、と思いますし、仮に当人が、私みたいに「家父長制度クソ食らえ」とか考えているサヨクだったとしても、愛する人と一緒になるためなら、プライドを捨てて実利を取るのも大いにアリだと思います。そこで突っ張っても、家族イデオロギーは一人の行動で崩れるほど「甘い」ものではありませんから(当たり前だが、最後まで突っ張るのもそれはそれで格好良いと思う)。

しかし、上に挙げたような社会保障の問題一つとっても、個人の選択である結婚について、親族の全面的なバックアップが必要とされるような状況は、「普遍的・一般論的視点」に基づいて考えるなら、健全とは言いがたいはずです。先の「増田」もまた、わざわざ「憂鬱」になりながら相手の親に挨拶に行ったことの裏には、自分一人では経済的に相手を支えられないかも知れず、親族の援助が欲しかったという事情もあるかもしれません。
asami81氏は「書かれているものしか情報はありませんので、書かれているものだけを読んでムカついてます。「ほんとはこの人はすでに病気だった」とか「自分の親の介護費を出していた」とかそんなことがあとから出てきても知りません。与えられた情報で判断します。」と書かれていますが、「推測」するならこういう事情こそ勘案すべきなのでは、と思います。しかも、そう書いておいて出てくる「意見」が、

それぐらいシュミレーションして行けあほ!もしくは年収聞かれて相手が「うん、いいよー!OK!幸せにしてやってね!」って2つ返事してもらえるぐらいの金額になってから挨拶行け!「結婚は愛だけじゃない、お金も必要」って思う人(世代)もいることぐらい想定しとけ!


では駄目駄目でしょう。
注目すべきは、ここで唐突に「「結婚は愛だけじゃない、お金も必要」って思う人(世代)もいる」という「普遍的・一般論的な視点」が登場するという事です。「世代」が変われば「結婚は愛だけじゃない、お金も必要」というイデオロギーを振りかざす人は減るんでしょうか?むしろ、asami81さんの書くような意見が、そういう家族制イデオロギーを温存する役割を担っているのではないか、と疑いたくなります。

ちなみに、当該の「増田」さんが最も批判されていると思しき「相手に会う前に酒を飲んで行った」ことについては、「個人的・特殊論的」な事情で、家族制云々とは無関係だと思います。まあ「礼儀」にだってイデオロギーは当然込められているわけですが、酒の匂いをばら撒きながら(自分より格上の)相手の前に現れるのは、別に日本に限らず「失礼」に当たる行為ではありましょう。
elegantlycruelさんも指摘されているように、asami81さんのご意見は、必ずしも「横暴な一般論(としての家族イデオロギー)」を押し付けてくるようなものではなく、むしろご自身の体験に基づいた「個人的・特殊論的視点による意見」が中心ではあると思うのですが、先に述べたような部分が微妙に混入されている点が、当人の意図にかかわらずこういう反応を招く原因になっているのではないかと。

そりゃ、「うちの娘みたいのでいいのかい? はっはっはー、どんどんもらってくれ」
みたいな親だったら、何も問題なかったのかもしれないけれど、
向こうが「お前みたいなやつにはやれん」っていう態度なら、どうにかして説得するしかない。
「よそはよそ、うちはうち」の世界なんだから。


韓国の社会学者である金皓起氏などが指摘するところによると、韓国社会における「<ウチ>と<ソト>の区別」はかの国の家族主義に根ざした強固なもので、(公共の論理に基づいた)個人の権利・義務・行為・思考の範囲が明確に定められている社会契約説的な世界観(西欧)に対して、義理に基づく全人主義的な関係を(家族間以外の関係においても)常に要請されるため、情緒的紐帯にとらわれない自立的個人の形成が阻害され、公共意識の欠如が深刻な社会問題に繋がっているのだそうです。しかしながら、これは韓国のみならず、中国や日本など儒教文化の影響が強いアジア諸国に共通する特徴でありましょう。
別に儒教道徳だって個人が勝手に(自覚して)信じている分には構わないのですが、それを何か「イデオロギー性の無い「中立的」な意見」として振り回すのはいい加減勘弁して欲しいものです。

追記:
なぜかノーチェックだったのですが、love_chocolateさんが本件に関して素晴らしいエントリーを書かれています。皆さん読みましょう。

年収200万円台で結婚するという現実 - 今日の個人的なブレイク&おもしろ

こういう状況で、両方の両親のサポート(金銭的にも、人力的にも)というのは、絶大な力があるようで、なおさら、増田さんの話ではないですけど、結婚は法的には2人の意思さえあればいいとはいえ、やはり、ご両家のご両親の理解と心証を得ることというのは大事だなとも思うわけで。。。


端的に言って、過去の日本がこういうレベルの社会保障でも子育てに困ることが少なかったのは、今よりも遥かに強固な地縁・血縁コミュニティによる子育てのバックアップが存在したからだと思います。それを思えば(もう時代が違うとはいえ)「ご両家のご両親の理解と心証を得る」ことの利得というのは確かに「一般論的視点でも」あるとは思うのですが、それを認めるかどうかということになると、結局は保守派VSリベラルの対決みたいになってしまって、収集がつかなくなるような気もします。
私には、守旧的な家族制度がこれからも利用可能だとはあまり思えないのですけど。
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コメント
こんばんは。返事が遅くなってすみません。

 エントリーお疲れ様でした。ブクマコメでは分からなかった部分が多く説明されていて良かったです。asami81さんに対する違和感が、kanoseさんのコメでまとめられていますが、それはそれで理解できる話です。

「むしろ、asami81さんの書くような意見が、そういう家族制イデオロギーを温存する役割を担っているのではないか」

この懸念は、CrowClawさんと同様に感じました。何だかああいう文章を読むとセンサーが動いてしまうんですよね(笑)ちなみに僕も、いわゆる「家族主義」には「うぜー」と思う方です。以前は「血で繋がってるだけですが何か?」という感じでハリウッド映画の「マイファミリー(作品ではなく)」にも馴染めませんでした。

 それでも、今回「結婚で挨拶しないとかどんだけー」と言い、asami81さんを擁護しました。この意見はいまでも変わってません。結婚する時には、各々相手の親に「挨拶」する。(元の増田では必ずしも結婚とは書いてありませんが、とりあえず結婚ということで。)

 これは家族論を持ち出すまでもない非常に単純な話だと僕は思っています。人間関係の中で生きている以上、普通におこることだろう、と。実親、育ての親、恩師、何でも良いのですが、具体的に血の通ってる「人間」を想像した時には必ずその周りに別の人間がいます。そういう人に、結婚しますよと挨拶する。

「一般論としてはわざわざそんなことする必要あんのか」

 という意見には頷けません。挨拶、会話をすることは、寧ろ一般論で語ってもいいレベルのことだと思います。別に、挨拶=援助しろ というわけではありません。(経済面でしか義親を見れないのであれば、そのメンタリティの方こそ…)そして反対されたらされたでまた考えればいいのです。憲法24条のとおり、役所は二人の合意があれば認めてくれます。

 僕が言いたいのは、世の中99%は人間関係ということです。物事の背景には基本的に人がいます。それを無視するとリアリティのない空言のように聞こえます。

 人と付き合ったら、その友人に会う機会もあるだろうし、結婚となれば親(育った環境)もでてくる。彼(女)とも人間関係を築く必要がある。(挨拶は第一歩) 良好な関係になれば、より楽しい生活が待っているでしょう。これを特殊なものとするならば「祖父・祖母」といった言葉も特殊なものになってしまう。。

 asami81さんのエントリーには、訝しい部分もありましたが、基本的には「親と会うことくらい大したことない。びびるな、がんばれ。」程度のことであり、それを自身の体験もあって熱く語っていたため、評価しました。kanoseさんは、あの言い方で伝わるのか?というエントリーを書いてましたが、僕の感覚ではあれくらいおk です。

…いやまぁ全部僕の意見ですが。以上長文失礼しました。
2008-08-25 22:44 | URL | kk #- | [内容変更]
>kkさん

お返事ありがとうございます。

「挨拶」という言葉の定義について、私とkkさんではややすれ違いがあるように思います。ちょうどこの問題についてohnosakikoさんが素晴らしいエントリーを書かれていたので(http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20080826/1219757420)、そのエントリー文中から引きつつ書きますが、私はasami81さんのエントリーの文脈から、「挨拶」を「結婚に際して相手の親にお伺いを立て、お願いし、お許しを乞う」事だと定義し、「挨拶などする必要は無い」と書きました。kkさんの定義では「挨拶」は単に「相手の親に二人揃って「私たち結婚することにしましたんで、よろしくお願いします」と言う」程度の行為だとされているようなので(違ったらごめんなさい)、そこでズレが生じているように思います。
逆に言うと、そうしたズレさえなければ、kkさんと私の意見には大した相違は無いでしょう。

他に「相違」のある点を挙げるとすれば、kkさんが「(相手の両親と)良好な関係になれば、より楽しい生活が待っているでしょう」と言われていることでしょうか。私はこれはそれこそ千差万別の例があるため、「一般論」として語るのは多少の危険を伴うのではないか、と思います。どうしても人間性などに合致が見られない場合、むしろすっぱり縁を切ってしまったほうが楽な関係と言うのもあるでしょう。そうした家族関係は、ohnosakikoさんが仰られるような「二世帯が当たり前の時代」であれば、特殊な例として切捨てられていたのかもしれないですが、現代にそれをやるのは少し乱暴に思います。
まあ、仲良くしているに越したことは無いのは事実なのでしょうけど。物心両方の面で。
2008-08-27 00:46 | URL | CrowClaw #mJxP.Gqk | [内容変更]
こんばんは。再び失礼します。

定義についてのすれ違いは、まさしくその通りです。ブクマコメントの制限上、そうした前提を省いてコメントをすることは多々あるでしょう。 けれども、、今回の件では「許しを乞う」と読み取ったと明記するべきだったと思います。

僕はasami81さんのエントリーからは「挨拶」をそうした文脈で捉えませんでした。「それはお前の意見だろ」ということは承知で言いますが、彼女の書き方は微妙なところもあるものの、はっきり言っているわけではない。つまり、「許しを乞う」と解釈したことは、いきすぎで誤解の可能性もある。言ってもいないことを叩かれる という状況は一番困るものです。

ズバッと斬って言う方が、気持もいいし☆もつきますが、当然こぼれおちるものも多くある。場合によっては、こうしてブログやコメント上で意見を表明する必要性もでてきます。(ホント絡んですみません。)いや、本当に鋭く斬れているのなら良いのかもしれませんが、それには技術が必要で、普通は粗くなってしまう。僕にはasami81さんに対するCrowClawさんのコメントは、その粗さがあるように思いました。(ちなみに★がついてますが、それは普通の☆が40コついてたからです。すみません、あんまり気にしないでください。)

 そう、多分、僕らの意見に大した違いはありません。すごい微妙なところで僕が文句言っているんだと思ってくださって構いません。ただ、そういうところに敏感な人なんだと(笑)

 ついでに細かいところを指摘しますが(笑)僕は「(家族関係は)良好になれば、楽しい」と言っていて、「楽しくなるには、良好でなければならない」とは言っていません。ohnosakikoさんのブクマコメにあるgood2ndさんの『仲良し家族は楽しいだろうが「正しい」わけじゃない』と同じです。家族がとり得る様々な可能性を排除しているつもりはありません。

以下余談
 みうらじゅんが「結婚とは下の世話をすることなんだ」と述べたように「介護」・「いかに死ぬか(看取るか)」といった面を考えると「家族」の見方はけっこう変わってきます。何か、はてなにはそういう部分が欠けてるなーと思っています。(自分で書こうと思ったら医療制度とかにも繋がるし、面倒なのでやめました。)20〜30代のダイアラーにとって50年後は想像もつかない世界なんだろうなぁと。もちろん僕も、50年後より、この先5年をどう生きるかの方が切実です。宝くじ当たらないかな(笑)
2008-08-28 02:48 | URL | kk #- | [内容変更]
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